2003年8月アーカイブ

エティエンヌ・ウェンガー, リチャード・マクダーモット, ウィリアム・M・スナイダー,
『コミュニティ・オブ・プラクティス―ナレッジ社会の新たな知識形態の実践』,
翔泳社, 2002.
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4798103438/

Etienne Wenger, Richard A.McDermott, William Snyder,
"Cultivating Communities of Practice: A Guide to Managing Knowledge",
Harvard Business School Pr., 2002.
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1578513308/

劣化ウランと劣化ウラン弾について
http://www.chugoku-np.co.jp/abom/uran/tokushu/index2.html

要は、原子力発電所の核燃料や原爆を精製する時、使えない余りものとして出てくる
ウラン 238 は鉛の 1.7 倍の比重があるから、戦車の装甲などを打ち破る弾頭として
湾岸戦争や今年のイラク攻撃で使った、しかしこれだって立派な放射性物質なので
被爆する人が出ているという話。

その他、湾岸戦争で使われた劣化ウラン弾の特集@中国新聞 (広島に本社がある地方紙)
http://www.chugoku-np.co.jp/abom/uran/

こんなもん使われちゃ、現場で使う兵士も、攻撃される側もたまったもんじゃないよな。

簡単にまとまりそうにないのでドラフトをそのまま出してみます。
たぶんまだ書き換えます。場合によっては引っ込めます。

==

トム・ケリー & ジョナサン・リットマン, 『発想する会社!』, 早川書房,
2002.

デザイン・ファーム IDEO
http://www.ideo.com/
に学ぶイノベーションの技法

「気づいたら気づいた人がやる」というのは僕は正しいあり方だと思う。た
ぶん僕がいた頃の SFC ではこれがふつうだった。研究所というのもそういう
もんだと思ったら僕が入ったところは微妙にそうじゃない部分があったけど、
それでもたとえばひとつのサービスに関わるといろいろ気づくし、いろいろ
やりたいことが積まれていった。難しいのは、部所が違うから口が出せない
とか、そういう会社・組織だからしょうがないとか、やったことがないから
どうやっていいのかわからないとかそういうことだった。

やったことがないからどうやっていいのかわからないというのの主なものは、
サービスや製品のアイディアを思いついた時、そこに技術的課題があっても
研究要素がない場合、あるいはあるべきサービスや製品かもしれないけどど
うなんだろう? という場合、ならばどういう評価軸を持ってそのアイディア
を評価できるのかわからない、そしてサービスや製品に具現化するプランを
立てて実行するにはどういう手順を踏めばいいのかわからない、ということ
だった。

特許・論文の書き方、プレゼンテーションの仕方、グループのミッションに
沿った研究計画を立てて進捗を発表するという方法はみんな知っていて聞け
ば教えてくれた。しかし、グループのミッションとは別に実現したいサービ
スや製品があった時 (っていうか新しいものをつくるっていうのはそういう
ことだ)、どういうものならやるべきでどういうものならやめるべきかについ
ては、組織として評価基準を持っていなかった。

ビジネスは、投資をして何年かで回収する、というように行なう。たぶん、
こういうサービス企画があったら、開発にいくら、営業にいくら、運用にい
くら、広告にいくら、サポートにいくらかけて、スケジュールはこうで、こ
の時期にはこの目標を達成して (というのを何度も繰り返して)、最後にはこ
ういう利益が出るようになるという計画を立てて、それに無理がないか検証
して、問題なければ go となる。

通信会社の研究開発というのは、従来こういうサイクルのほんの一部しか担っ
てこなかった。まぁ、一部の基礎研究はそれでもいいだろうし、だとしたら
ほんの一部だけで成立する研究って何かっていう評価基準を考えればいい。
ただ、学会という大きな仲良しグループの尺度をそのまま使うのは違うと思
うけど。

いずれにせよ、僕は基礎研究より社会で使われてなんぼのテーマの方に興味
があった。本当は、その中間の、小さなアイディアをいろいろ試して製品・
サービス化の種にするというようなことを専門としたかったんだけど、そう
いうのの成功事例がないこともあって、そういうのは会社の仕事にならない
と思った。そういうことをセコセコ考えても、その先につながるような仕組
みがないからだ。無いなら作らなきゃ、ね。

インターネットとか e ビジネスの世界の研究開発が、研究開発のフェーズだ
けに着目していては、サービスや製品という形で世に出せない。これはもう
はっきりしている。投資して、サービス開発して、運用体制を作って、サー
ビスを開始して、営業してユーザを増やして、黒字化させて、利益を出す形
で = 持続可能な形で運営していく。けっきょくそこまで見通せなければ、研
究の意味が全く出ない時代になった。

だから、ビジネスプロデューサー制とか作るんだけど、ずっと研究だけして
きて突然そんなこと言われてもやったことないんだから困る、とそういう立
場の人が言っていた。それも部長ぐらいの人が任命されていた。研究者とし
て優秀で、かつ社内的にも地位が高い人がそういう今までと極端に違ってい
て、かつ泥臭い仕事をするのは無理だと思う。

だから、ある程度早い段階から、研究開発というのは最終的にそういうサイ
クルの種になるべきもので、その価値はサイクルを通して評価されると考え
る習慣をつけるべきなのだ。

うーん、そうかな?

事業化するとか、事業部のサービスに使われました、で評価が終っちゃうか
らだめなんだ。そこからどういう風に利益を出していくかまで含めて評価し
ないといけない。

ただ、電機メーカなんかだと、製品ごとにカンパニーがあって、そこで独立
採算性を取るから研究が製品に活き、製品の売行きで研究を含めたカンパニー
の評価が下される。これが普通なのだ。つまり、研究部門の上にカンパニー
のトップがいて、自カンパニーにどれくらい貢献しているかを評価したり、
どういう貢献をすれば評価するぞという方向性を示しているからうまく回っ
ているのだ。

研究開発部門で独自の予算枠を持ってしまっていて、その研究開発部門が全
体のビジネスから見て、シビアな評価を受けていないのがそもそもの問題だ。

たとえば、先述のカンパニー制のようなものを体験したことがない人しか研
究所にいないから、カンパニー制の利点を評価できない。というか、やっぱ
りあんまり世に出して使われてなんぼというより、論文に掲載されて嬉しかっ
たねーという方が強いんだろうな。学者チックにスノッブ気取りたいという
部分はあるでしょう、たぶん。

IDEO 社というのは、今製品になっているものの使われ方や、ものの本質を
よく観察して、それよりちょっと先の未来を先取りして形にするということ
をしている。つまり、現場をよく観察することでその先の未来を先取りする
のだ。実はこれってすごくおもしろいことなんじゃないかな?

研究のテーマは論文だけでなく、ビジネス現場にも転がってるわけだし。

sevendays.com

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www.sevendays.com に新しい書き手が加わったので紹介。
http://www.sevendays.com/picoking/
http://www.sevendays.com/nishihar/

トップページの通り、もともとはバンドのサイトのつもりだったんだけど、
練乳工場bob みたいにバンドの枠を越えて (とはいえもともとバンド仲間か)、
というかそもそも表記のバンド自体活動が止まっていて、
どうサイトを説明するのがいいのかなと考え中。
もちろん広がりが出てきつつあるのはすごくうれしい。

昔、哲学のいわゆる難しい本を読んでいて学んだことは、最初、意味がよく
わからなくても、こういうことかな? こういうことかな? と仮説を立てたり
しながら読み進めていけば、だいたいは理解できるということだ。

普通の本は、新しい用語や概念は先に説明しておいてから、それらを使って
論を展開していく。哲学の分野では、こういう普通の本では当たり前の論理
の組み立てでは伝えられない何かがあるのではないかと疑いを持ち、それと
は違う方法を試していたりする。たとえば、新しい用語を使って論を進めて
みてからその用語の説明をしたり、この用語はこういう意味であると言わず
に用語の使われ方で意味を伝えようとしたり。つまり、この分野では書かれ
ている内容だけでなく、本を書く手法もメッセージなのである。

こういうのは、とにかく他人の靴に足を入れて歩いてみるというのが重要で、
辛抱強く読み進めていけば、個々のピースが出てきて、それらのはまり方が
わかってきて、だんだん解けていくパズルのようなものなのである。高橋くん
は昔、日記でこのようなことについて「○○さんという人と初めて会って
どういう人かわからなくても、へぇ○○さんという人かこんにちは、とだけ
思っておいて、話を聞いていればそのうちどういう人かわかってくるような
もんだ」と書いていたような気がする。そういう気長さがあれば意外とどんな
本でも理解できるもんだ。

加えて、いったいどういう意図を持ってこういう文章を書いているのだろう?
どういう構造になっているのだろう? この語はこういう意味かな? と考え、
仮説を立てそれを検証しながら読むのもいい。書き手が伝えようとしている
ことと自分が理解したことの相違を検証できなかったとしても (そういうことも
よくある)、読む過程で考えたことは新しいアイディアや自分の能力に
間違いなくつながってくるから。

これも昔書いたことがあるかもしれない。奥出さんは、どんなものにも欠点
はあるだろうけど世に出てきている以上何か価値があるはずなので、揚げ足
取りをするよりはそういう価値をつかむようにした方がいいと言っていた。
これを聞いて珍しくいいこと言うなぁと思った。その通りだと思う。

自分がまだ知らないものがこの世にはたくさんあって、それらには自分がま
だ知らない価値があるということを認められること、そしてそういう自分の
知らないものに対してしかるべき敬意を払うこと。新しいことを学んだり、
自分とは違う専門や指向性を持つ人とつきあったりしながら、自分の世界を
広げていくためにはこういう姿勢が必要で、それが秋山さんの言っていた
謙虚ってことなのかなって思う。

しかし、人に「謙虚になりなさい」って言うのはほとんど無意味だよね。自
分がそう言われた時って、たいていは「こっちの言っていることを聞き入れ
なさい」ってことだったもん。そうならないように謙虚という姿勢の価値を
伝えるのは難しいのかも。

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