舞台中央でスーツを着た司会者がイヤホンをいじっている。軽薄なキャラ。 舞台右に大きいディスプレイのモニター。映っているのはフリルが多い衣装の、いかにもアイドル面の女の子。 彼女もきょろきょろしながらイヤホンをいじる。
司会者「レイカちゃん、聞こえるー?」 暗転 |
厚生省によると、現在若者のセンチメンタル不足が深刻しているという。 第二次成長期に必ず訪れる、カルシウム欠乏とセンチメンタル過剰繁殖による関節の痛み、 イタリア映画のような童貞喪失願望がこの数年激減しているらしい。 非常事態である。戦後の少年たちが煮干とセンチメンタルだけで御飯を食べていたのは、もう遠い過去なのか。 いち早くこの危機を察知した私は、「妄想恋愛ポエム」(詳細を知らない方は下のバックナンバー「特別編集」を見ていただきたい) を提唱してセンチメンタル危機に警鐘を鳴らしたつもりである。 しかしこの結果だ。気がつくと大橋マキの素晴らしさ、障害者枠雇用でも立派に生きる強さ、 レイプされても笑顔!虫を食っても笑顔!千野アナの悪口だけ素の表情!の健気さを語る場と化していた。 毎年繰り返す阪神・藪の成績、もしくは光通信なみの頭打ちな結果となってしまったことに責任を感じ、 私は今屈辱で重田社長のように人間の動体視力では捉えられないほど小刻みに震えている。 しかしこれは、ひとえに投稿者諸君のセンチメンタル能力向上の意志が著しく欠けていた結果であるとしか思えない。 ついに私が真のセンチメンタルを君達に伝授する時が来たようだ。 そもそもセンチメンタルとは何だろうか。手元の辞書を繰ってみると、 センチメンタリズム(名)・・・イスラム原理主義。パキスタン航空は断食月だと機内食を出さない。金返せ。 あ、これは「ファンダメンタリズム」だ。たまには僕だってトミーズみたいなボケをしたくなる夜だってあるよ。 これだ。何度説明しても万華鏡の仕組みが理解できない愚鈍で無教養な読者諸君、 今私が米粒写経なみにさりげないパスを送ったのに気がついただろうか? そう。「僕」にだって泣きたい「夜」がある。これこそがセンチメンタルの原風景なのである。 これが「俺」「私」では「僕」が含有するスイート感、ビター感に著しく欠けるし、「ぼく」と書くとジャズ聴いてペイパーバック読んで、 でも顔は小作農といった感じ。「ボク」だとソバカスにオーバーオールそして三つ網まではいいが、眼鏡を外してもブスはブスの夢見る少女だし、 「朴」だとホットドッグ買ってきてと頼むと野犬を狩りに行ってしまうだろう。カ行変格活用だと「ボカア」はモミアゲに白髪混じりそう、「ボキ」はニセ社長、 「ボコ」はウクライナ出身の三流スパイだ。 まず今日から一人称は「僕」にすること。たとえそれが軍宿舎でもだ。 そして「僕」が「屋根に登って」「膝を抱えこみ」「女の子のことを考えて」「胸を痛めながら」「シリウスに語りかける」のは勿論「夜」でなければいけない。 昼に空に輝いてるのは星ではなくて、厚木基地の偵察機だから注意しなければならない。 当然センチメンタルを満喫するためには、対象も必要になってくる。 女の子というのは必須条件だが、参考に前述の屋根に登った「僕」の気持ちを覗いてみよう。 「僕の机の抽斗の中にはたいせつなものがあるんだ・・・悲しい時、僕はそっと耳を当ててみる。ねえ今夜の月よ、聞こえるかい?」 「抑えられない気持ちで、あの子の家の前に佇んでいた。呼び鈴を押す勇気はないけど、僕がここにいた証しが欲しかったんだ・・・」 「今朝いつもと違う方向の電車に乗ってみたんだ・・・こんな気持ち、君だけには分かってほしいのさ」 全く駄目である。センチメンタルでも何でもなく、上から順にただのブルマ泥棒と放火癖と無断欠勤でしかない。 性欲に直結するのはセンチメンタルの風上にも置けない。すれ違った女の子に感じる、一瞬の感傷の中にしかセンチメンタルは存在しないのだ。 「夕暮れに自転車を走らせる女子高校生」「ギャルが地場スーパーの食料品売り場で小さい弟の手を引いて買い物」 「電車で泥のように眠るジャージ姿の部活帰り少女」「風の冷たいホームで虚ろな目で日経新聞に目を通す若いOL」 ああ胸が痛い。みんな、この痛みは分かるよね?これは昔患った肺気胸ではないはず。ついでに最近皿を洗おうとすると、股間についた稲荷の油揚げ該当箇所が 尋常でなく痒くなるのは何故?俺だけ?病気?ともかくこれで甘酸っぱい気持ちにならない輩は、 一生大味な洋ピンポルノでも見ていろと言いたい。 最後のOLの光景からは、すぐ辞めると言われて入社した証券会社で男には負けたくなくて、でも家では中島みゆきの「Maybe」聴いて泣いちゃうし、 もうちょっとで道が逸れて落合恵子のフェミニスト本買ってしまうかしまわないかの瀬戸際にいる背景を読み取る力量は必要かもしれない。 今日は2月9日、冗談ぬきで今宵は満月。夜梯子をかけて屋根に登るのは危険な行為なので、昼から上がって夜を待とうではないか。 ハーモニカを吹いて。ポケットには「モモ」の文庫本を差して。鳥の群れに目を細めて。眼下を通る外車に唾を垂らして。 纏を振って。ラジオではキャッチできない電波に耳を澄ませて。 とりあえず夜保護された時には私の名前は出さないように。 |
「今日は忙しい中、お時間ありがとうございます」 「あ、うん、それはいいんだけどさ、忙しいから食事しながらで話していいかな?」 「もちろん結構ですよ。知事はいつも日の丸弁当なんですか?」 「当たり前じゃない。50年間、敗戦の悔しさを忘れないようにいつもこれだよ」 「はあ・・・それで知事室ではいつも軍服を着ていらっしゃると」 「不言実行ということでね」 「そうなんですか・・・?それではお話伺っていきたいんですけど、今月の都政の方針を教えてください」 「そうだねえ。まず日本から東京の独立だね」 「今月の方針でいきなりヘビーですね!それは東京都から東京国になると」 「東京国?違うよ、独立したら名前は石原軍にする」 「方向性が違うじゃないですか!それに年末に炊き出ししそうな名前!」 「でも君ねえ、冷静に考えれば国と決別してね、独立採算で自立できれば直接外交できるわけだからね。 そうすれば今だったらコンゴとか、また東欧で内乱があった時にさ」 「金銭的に支援できますもんね」 「参戦できるじゃない」 「なんでよその内戦に参加するんですか!傭兵部隊じゃないんですから!」 「弱腰だな、君は。本当に都民?」 「町田市に住んでます」 「田町の間違いじゃない?町田って神奈川だろ?だってミュートマが見れるよ」 「判断基準が中学生ですよ」 「ずいぶん失礼な事を言うな。そうそう、最近腕時計をデジタルからアナログに代えてね、あと洋楽にハマってるよ」 「それがまさに中学生なんです」 「今聴いてるのは、G・I・オレンジ」 「古すぎますよ!」 「とにかくね、もっと世界に目を向けないといけないと思ってるんだ。この国には三国人もいるしさ」 「知事はまだそんなことおっしゃるんですか。差別を助長するって散々マスコミに叩かれたのに」 「マスコミはすぐこれだよ。真意を捉えないで言葉ばかりああだこうだとつつく。 僕はチョンも支那もニガーも全然差別なんてしてないよ!」 「その表現が既に差別の肉汁が滴ってるんですよ!しかもニガーって文脈違いますし!」 「だって三黒人だろ?スリー・ニガー」 「字が間違ってます。スリー・アミーゴみたいに言わないでください」 「なんだスリー・アミーゴって?・・・ああ、肌が褐色の人達ね」 「そういう認識しかできないんですか?」 「タコ酢食ってる奴らだな」 「タコスです。サラリーマン割烹じゃないんですから」 「今月の都政の話すればいいんでしょ?まあITは興味があるな。僕も遅ればせながらメールを始めたんだ」 「面白いですか?」 「面白いねえ。あの可愛いクマが出てくるソフトを使っているんだ。何て言うんだっけ・・・露助?」 「ポスペです!日本バーサス地球ですか、知事は!」 「そういう風にね、国粋主義者だとか、ネオナチとか、KKKとか僕は誤解されやすいからさ、もっと都民が親近感を覚えてくれるような イベントも考えてるわけですよ。去年21世紀の裕二郎を探せって盛り上がったじゃない。あれに対抗して」 「21世紀の慎太郎を探すと。石原伸晃さんでいいじゃないですか、あのクスリでキメた翌朝みたいな目つきの御子息で」 「そんなの探してもしょうがないよ。だって僕はまだ生きてるわけだからさ。探すのは19世紀の慎太郎だよ」 「誰ですか?」 「乃木少尉だな」 「とことん鎖国フェチですね、あなたは!」 「なんだ君は、徳川家光先生を否定するのか。さては貴様、俺が攻撃的な谷啓だと思ってバカにしてるだろ?」 「確かに瞬き多くて似てますけど。そんなことないです」 「刺すぞ、コノヤロー」 「やめてください」 「本当に刺すぞ!俺のチムポで障子を!」 「それ太陽の季節じゃないですか!まだそんな事やってるんですか?」 「もう時間がないよ。今月の都政方針を言えばいいんだろ?まあ短くまとめるなら、これからも国とは反目する部分も あるだろうけど、お互い公共の利益を考えての事だからさ。いろいろ議論して揉めても決まったことには従いましょうと。 森総理の好きなラグビーで言うなら」 「ノーサイドと」 「違う違う。ジェノサイドだ」 「指で鉤十字作らないでください!」 |
一線を超える気分はその本人しか分からない。 岡村靖幸である。表舞台から姿を消して久しい彼だが、あれだけモテることに固執し、 舞台上で隙をみつけては紫のブリーフをかざしていたミスター酔狂。 しかし数年前かろうじて確認した姿は、副作用?業務用サイズ?ボーナストラック?6弦ベース? 音楽つながりでついでに葉加瀬太郎?と思うくらいに太っていた。何故だ。 あるラインを超えた先は、転げ落ちるしかないというのか。 そしてあの日も岡村靖幸の音楽が流れていた。 自宅が中華料理屋の尾沢の部屋は二階にあり、外に設置された階段から直接上がれる。 扉を開けると、男たちが虚ろな目で卓を囲んでいた。 流通して間もないCDラジカセから岡村靖幸の「バイブル」が鳴っている。 「お、来たの?次空くから待っててよ。来た来た、それロン!」 俺は声をかけた伊藤の席の後ろに座る。伊藤が麻雀であがる光景は稀なので、 これは珍しい場面に遭遇したと思った。 「でかいよ、これはでかい。ホンイツ、サンアンコー、ドラドラ、 あとアタマが二つあるな。多牌って何班だっけ?」 伊藤がカラカラに干上がった箱から、6千点を各自に進呈していく。 中学時代の友人でたまに集まっては卓を囲んでいたが、最近俺の足は遠のいていた。 金もない中学生は点イチという一晩やっても千円動くことが珍しい低レートで打っていたのだが、 しばらくぶりに顔を出すとレートが不定相場制に変わっていた。 半荘が終わるたびにサイコロを振って、出た目の数でレートを決定していくのである。 6が出れば点イチの6倍の金が動くという寸法だ。そのぐんぐん上がる博打ボルテージに、 俺は復帰後のマニエルなみに腰が引けていた。 それに較べて俺の前にいる伊藤は、付属高校に進学した安心感からかどっぷり漬かっている。 麻雀沼があるならばカーツ大佐のように泥面から目だけ覗いてるようなハマリっぷりだった。 しかし伊藤はこれでもかというくらいに負け続け、底なし沼にポコポコ音をたてて沈んでいく。 脇に置かれていたカルビー・グリルビーフの残滓をつまんでいると、半荘が終了した。伊藤一人大負け。 残り3人バカ勝ち。狂気の磁場が空間を歪曲し、5年後のSpeedのメンバー構成を予言していた。 トップをとった宮原がレートを決めるべく、賽を握った。見ると賽の数が二つに増えている。 ついに最高レートが点6では飽き足らなくなって数を増やしたようだった。 降ると5と6の目が出た。点11。高校生にしては恐るべき高い相場だ。宮原が呟く。 「5と6か・・・じゃあ点30ってことで」 数字を足すのではなく、かけていたのである。俺の指先のグリルビーフが縦に割れた。 その一線は跨げないと判断した俺は、さらに続く半荘の参加を辞退して伊藤の後ろに陣取り、 阿佐田哲也言うところの「見」からもっとも遠い集中力で眺めていた。 「工、見ておけ!俺はダブル役満で逆転してみせる!」 と意を決した伊藤は叫ぶと、13の牌を真ん中からぐわッと二分割した。 「いいか、左の6枚で四暗刻!右の7枚で国士無双だ!」 男の生き様を見た気がした。麻雀の歴史3000年を紐解いても、そんな手であがった奴はいない大役である。 もしあがれたとしても、雀死最高の名誉である「ドブ河葬」で葬られることは必死だ。 唯一はっきりしていたのは、その瞬間に伊藤がエレベーター式大学に進学できない人生を歩みだしたことだけだった。 リピート操作にセットされたCDデッキから、岡村靖幸の「ベジタブル」が再び流れ出す。 俺はグリルビーフの香辛料が染みた指を舐めた。 |