旧友を訪ねた一ノ関で、昼間の時間をもてあまして中尊寺へと向かった。 もともと旅先では名所をめぐらない主義の私だ。しかし長い山道を上ったあと、友人3名が金色堂の中に入っていっては、会社員生活で身についた社会性で、いそいそと後を追うのだった。 藤原家にまつわる歴史パネルが乱立する館内。まず目についたのは源義経の肖像だ。
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どこかロカビリーシンガーを彷彿とさせるヘア以外は、我々が普段している義経ちゃんのイメージと大差はない。
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誰、君?
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なにやらしっくり来るではないか。また恐ろしいことに、ベン・Kのイニシャルはブラザー・コーンとB・Kで一致するのであった! 比叡山の僧で武蔵坊におり乱暴者として恐れられたが、五条大橋で義経と劇的な出会いを果たし、家来へとくだった。
・・・私はある符号に戦慄を感じずにはいられなかった。こんにちは、佐野真一です。 |
私がこのことを告白することにより、一部の猜疑心の強い友人が私を敬遠するようになり、場合によっては全人格を否定されるであろうことは承知しております。しかしこの場を借りて私は或る覚悟を持つて告白する所存なのであります。 実は私は生来、予知能力を獲得していたのでありました。 いえいえ、親交が長年に及ぶ友人にその旨を説明しなかつたのは、それを隠匿するような意志があつたからではございません。私自身、その能力に気がついたのが今日だつたのですから。 私は今、某出版社でライタアとして出入りさせていただいている身分でありますが、そこの編集部というのが本館ではなく、そこから歩いて伍分ばかりの距離にある賃貸の臭いが漂う別館に居を構えてゐるのです。 本日私は雑誌のバツクナムバアを調べるために、初めて本館に足を踏み入れる運びとなりました。資料室が四階にあることは事前に知つておりました。 エレベーターで4階に下りた刹那、私を或る既視感が襲いました。きつと資料室は、このフロアの奥まった陽のささない小部屋にあるに違いないと。 案内板に目をやると、はたして私の想像通りでした。 笑つてはなりません。私がぴあマツプを持つていようが、コンパスを携えていようが、ダウンジングをしながらスキツプをしようが、目的地に辿りつけない程の先天的な方向音痴を患つていることは読者の皆様が何より承知のはずですから。 そしておそるおそる資料室に足を踏み入れた私は目を覆いました。刻は四時半。暇をもてあました歳も五十男が頬杖をついてネクタイをゐじりながら、静止画像のような相撲中継を眺めておりました。社員らしき年増女が異様な精緻さでスクラツプブツクをまとめ、バイトらしき白痴面が丹念に「SPUR」に目を通す光景、嗚呼その光景は、私が予想した光景と寸分の違いもなかったからです。 声をかけてはならない。声をかけた瞬間この光景に呑まれ、一緒に挿絵の世界の住人になつてしまうと危惧した私は、彼らの気だるい視線を交わしながら資料室への奥へと移動いたしました。 然しであります。伍時丁度から手持ちの西洋歌留多でソリテイアに熱中しだした資料部部長の旧友である、総務部の部長と企画運営事業部の嘱託役員が雅山の健闘を確かめにこの小部屋を訪れるであろう私の予想は覆されることはありませんでした。 パアソナルコンピウタの話をしだした彼らの話を盗み聞きする気は私には毛頭ありませんでした。いくら彼らが「ちやん」付けで呼び合おうが、昔奥村チヨと交際していた業界自慢話も耳に届かない様最大限努力致しました。しかしメイルに話が及んだその時、私の脳裏を走つた言葉がまさに彼らの口から吐き出されたのであります。 「結局、最後は人だよな。機械に頼っているような奴はいつまでもダメ」 これがパアソナルコンピウタの話題における科白であれば偶然の可能性も考えられるでありませう。ですがその言葉を耳にしたのはメイルに話題が及んだ刻。メールで機械はねーだろ機械はよー。私の心の震えは波紋の如く拡がつてゆくのでした。 ぶるぶる隆起したての小島のように震えながら、おぼつかない雑誌をめくる私が顔をあげると伍時伍拾分を時計がさしておりました。これ以上筆を進めるのはいささか気が引けますが、どうか私の気持ちを汲んでいただきたい。 以下に記述する旨は私が起こるであろうと予想した光景と誤差一つなかったと、私は今でも断言できます。 伍時伍拾分、互いが所有するミユウルの趣味の良さを誉めあつていた、女性陣の手元の電話が鳴り出しました。電話に出たやや年増女が用件を聞き終わるや否や眉に迷路のような皺を寄せながら戯けた口調で語るのです。 「書籍のハチなんとかって人が―、こないだ読売新聞の夕刊に出た梁石日のコピー欲しいってー」 まさか。まさか言わないで欲しい、資料室長。ですが彼の発言は想像するに難くありませんでした。 「そんなの自分でやれって言うんだよ」 嗚呼!明らかに私が部屋に踏み入れて壱時間弐拾分、貴君の部署が初めて要求された仕事ではないですか! しかし私の狼狽はその道徳的観点によるものではありません。彼の横から顔を出した総務部長が発した一言が、また私のイメイジに使い込んだ鍵のように合致したのです。 「蜂須賀の野郎だろ?あいつ、仕事できないからあんな部署にいるんだよ」 ビンゴ!ビンゴ!蜂須賀って名前までDIE−BINGO!優勝商品の電子レンジは僕のものッスよ! しかしながら年増女は苦々しく、スリイアミイゴスは嬉々として、注文を受けた梁石日の資料を漁り始めたのです。 資料が見つかつたのか、六時壱分前年増女は報告書らしきものをしたためだしました。 「あれ?」 勿論、次に発せられる「梁石日ってどう書くんでしたっけー」の声は既に空気が震えるより早く耳に届いていました。 しかし次の瞬間、年増女は何の躊躇もせずに言い放つたのです。 「読売新聞ってどう書くんでしたっけー」 完全に宇宙の因果律を無視された私はその場に跪きました。すると海外観光に行くかのような胴巻きのポシエツトをゐじりながら室長が近づき「そんなのどうだっていいじゃん明日明日。あ、そこの青年鍵閉めるから早く出て行ってね」の声が小部屋に酷く虚ろに響いたのでありました。 扉が閉じる音と差し込む西陽に目を落としながら私はこの想いを誰かに伝えればならないと決意を固めたのでございます。お父様、お母様、モロゾフのホワイトプリンおいしゅうございました。コオジイコオナアのナポレオンパイおいしゅうございました。こないだコンビニで売つていたいちご味クランキイチヨコおいしゅうございました・・・ |