後輩の野村と食事をしていた。
彼は会社から定期代を貰っても他の返済にあててしまい、手元には切符を買う金しか残らず結局損をしている。 私はTVチャンピオンの「自転車操業王」に参加することを薦めた。 彼なら町の螺旋工場とアマゾン・ドットコムを抑えて優勝できるだろう。 「ツイていないッスよ」と彼は呟く。 運ではなくて努力の問題ではないのか? そう思ったが、多分今日はパンツにウンコがツイてなくて良かったという意味だと解釈して、黙々と箸を進めた。 「ツイてないっていえば、たくみさん、勝又って覚えてます?」 すっかり忘れていたが、覚えている。大学時代の後輩で私の知る限り「本州で最もツイていない男」だった。 野村が語ってくれたおかげで記憶の底から目覚めた勝又の武勇伝があまりに印象的なので、そのまま明記しよう。 1・自動車教習所で路上運転中、助手席の教官と話がはずみ、気がつくと時速80キロオーバー。 仮免なのに免停に追い込まれる。 2・免許を取得して親に車を買ってもらいドライブへ。 普通に停止していただけなのに後ろから衝突を食らい、3日で廃車に。 3・気を取り直してバイクを購入。走り出した途端、派手に右に転倒。右腕打撲。 必死でバイクを起こすと同じ勢いで左に転倒。左腕打撲。 4・休みに故郷に帰省。つきあっていた彼女と逢おうとすると、彼女が勝又の親友と手をつないで 「わたしたち結婚するの」と衝撃の告白。そして、なぜか、まったくもってどういうわけか、勝又はその結婚式に出席。 5・バイトでイベントの設営に。設営終了後、最後に会場を後にする勝又は鍵をかけた。 で、そのまんま鍵をポケットに入れてしまい、帰って熟睡。 はたして翌日の開演予定時刻に会場の扉は開かれなかった。 その時何も知らず睡眠を赤子のように貪る勝又の元に、100万円単位の損害請求が。 6・学食でごく普通の、本当に何の問題もないカレーを食べていたところ、 まったく何の予兆もなく急性顔面神経痛を被病。 「熱い!顔が熱い!」と叫んで、外へ飛び出し帰ってこなかった。 全部実話である。とは言っても、おそろしく手持ちが多いだろう彼のカードのうちの、私が知っていたほんの一部なのだが。 他にもネタ覚えている友人がいたらメールを送ってほしい。 感動的なのは、ツイていないバリエーションが実に豊富なことである。 2は要因が外部にある簡素な悪運であるが、 5の原因は本人にあるにもかかわらず悪運としか言いようのない事態だし、 1になると誰が悪いのか、もうよく分からない。 また3の「右が不幸だったら、左も不幸」という不幸に対しての絶妙なバランス感覚にも刮目したい。 さらに4は信頼してる者二人から左右ステレオ攻撃であり、 まるで一人でコートにあがったら相手だけなぜかダブルスで、ボールを二ついっぺんにサーブしていたような状況である。 しかし「彼女からの裏切り」「親友からの裏切り」という最悪の事態を、「二重否定は肯定」の方式に従い、 結婚式に足を運んでしまう前向きさで最悪の事態を巧みに回避している。 6に至っては不幸とかツイてないとか、もうそんな分類はどうでもよくなってくる程である。 自分で書いててあれだが、何だ「被病」って。そんな日本語ないし。 デイパックを肩にかつぐように、さりげなく不運を背負う男、勝又。元気でやっているだろうか? 多分奴が彼女の肩を抱いて「ほら見てごらん、流れ星だよ」と語る時、流星は勝又の実家にめがけて落ちていくのだろう。何の理由もなく。 |
今回はいきなり筆が重い。 みんなの荒んだ生活のビタミンになってほしい。ガールポップを応援したい。 そんなささやかな願いで始めた「練乳工場」だが、今回は笑い一つ提供できず、 さらに読後に暗澹とした気持ちにさせてしまうかもしれない。 これから書こうとしている内容は口外を固く禁じられているので、 この情報が外部に漏れた時のことを考えると、正直恐ろしい。 もしこのページがしばらく更新されないようだったら、ある組織から私に何らかの制裁があったと考えていただきたい。 先日のことである。私は積年の夢であった「アタック25」に解答者としての参加が決定した。 東大寺学園高校卒、元立命館大学クイズ研究会、デブでファッションセンスゼロという経歴を持つ私は、 まさにクイズの申し子といっても過言ではない。 ウルトラクイズも準決勝のワシントンDCまで上り詰めたこともあるが、 「ゲス野郎」とナイスなニックネームをつけてくれた司会の福留氏の行動に好意を感じて、 「それいいね、トメ。アドリブ?」とタメ口をきいたらその場で生爪を剥がされ、強制帰国になった苦い経験も持つ。 (後日放送を見たら、私が参加していないように巧みに編集されていた。「ヨダレメガネ」が優勝した大会である) 私は当然優勝を狙い、昂揚した気持ちで収録会場に向かった。 収録前に現場責任者の説明を受けたあと、1枚の紙を渡された。誓約書と書かれている。 内容は「収録の際に起こった事故等に関しては一切の責任を放棄することを誓う」とある。 「形式的なもんなんで、サインだけしといてもらえれば」という責任者の言葉に迷わずサインをしたが、 今になって考えると不測の事態がいくら起きてもおかしくない現場ではあった。 私を含めたパネラー4名は会場に向かい、解答席に腰を下ろし収録の開始を待った。 緊張を隠せず咽喉がひりひりと渇いた。私は何か水でももらえないか頼もうとしたその時、会場が暗転した。 停電だろうか?指先すら見えない闇に不安が高まる。 するとざわめきだすスタジオを制するように、「アイ・オブ・ザ・タイガー」が大音量で流れだした。 原色の眩い照明が一点に集中した。本能的に視界がそれを捉える。 スモークが溢れるスタジオの奥から、チャーコールグレーのスーツに身を包んだ司会の児玉清氏が手を振りながら現われた。 どういう演出なのだろうか?インパクトを狙った新しい機軸なのだろうか? 後日関係者から掴んだ情報では、テレビ朝日では児玉氏と放送するしないに関わらず、 前述のような登場をする契約を交わしているという。 (これを教えてくれた彼は不審火によって家族と共に焼死した。 テレビ朝日はこの事件との関連を否定している) その時は何か記念大会なのだろうと私は自分を納得させた。 そして先程われわれにボタンの押し方等を説明してくれた現場のディレクターの合図によって、収録が始まった。 司会席にスタンバイした児玉氏は、普段より高いと思われるテンションでタイトルコールを叫んだ。 「児玉清のォー、アタッ、25ー!」 ディレクターが分かっていたかのように児玉氏の元に走り寄る。 「児玉さん。児玉清の、じゃなくて、パネルクイズと言っていただきたいんですが」 「そうだったかな?」 「そうだったかな?って・・・毎回、間違えるんだから・・・」 |
その光景は解答席のわれわれの緊張を解こうとして、演技をしてくれているように私には見えた。 よく芸能人はテレビと実際では人が違うと言われるが、 児玉氏に限って言えばテレビで時折見せる読書家であることの傲慢ぶり、 常に学歴をひけらかすような態度のイメージより、ずっと穏便な紳士であると思った。 現実に冒頭の彼のジョークのおかげで、私は緊張がほぐれてクイズに集中することができたのである。 (前述の関係者は、あれはジョークでも何でもない、本気だと死亡現場に血染めの文字で書き残していたが) 番組は滞りなく進行した。 児玉氏も肉体労働者や接客業のバイトを見下すような冷たい、それでいて優しいいつもの笑顔を浮かべて、 絶妙な司会ぶりであった。 唯一ひっかかったのは、横にいた赤のパネラーが「猫を」「かぶる」という優しい慣用句の問題を 「だます」とイージーミスをした時に、児玉氏の表情がにわかに翳り唾を吐いたように私の角度からは見えたのである。 しかし収録中に司会者が唾を吐くことなどあり得ない。 目の錯覚であると合点したのだが、ADがフロアをせっせと雑巾で拭く姿がどうにも気になる。 はたして事件は起きた。 やがてパネルが漢字の凸状に埋まりだし、角を取る闘いが始まろうとしていた。 「問題です。江戸時代にインドから渡来したことから、天竺牡丹と呼ばれた花の名前は何でしょう」 私の横で早押しボタンが鳴った。 「青の方!」児玉氏が指差す。 「ダリア」 「正解です!博識な私もこれは知らなかった。読書家の私も知らなかったこの問題。 よく御存知だった。大したもんだ。ではパネルは何番!」 「はい!19番お願いします!」 「・・・おい」 「はい?」その押し殺した声が解答者の耳には届かなかったようだった。私も誰の声か判別できなかった。 「・・・私、ですか?」 児玉氏の形相がいつの間にか肉食獣を思わせる殺気を漂わせている。 「・・・テメーだよ。この市民税滞納者・・・」 「・・・え?いや、確か払ってますけど」 「俺が言いたいのはそんな事じゃねえんだ!」 すると児玉氏はポケットからおもむろに鹿の角を加工した、 漫画のマスターキートンの中でしか見た事がない中央アフリカの投げナイフを取り出して、目の前で振りかざした。 「カドじゃねえのか。カドを取るんじゃねえのか!」 「・・・カド」解答者はその迫力に尻半分が椅子から落ちかけている。「はい。ご、5番に変更しようかと」 「結構!実に結構!」 児玉氏は満足したのか、急に小動物を殺戮した後のような普段の爽やかな笑顔に戻っていた。 私は目の前で目撃した光景が理解できなかった。 児玉氏はパネルの取り方が不服で、その時点で既におかしいのだが、 それが原因で人格が豹変してしまったというのだろうか? 気がつくと他のパネラーも顔面蒼白になっていて、さっきの青の解答者に至っては震える指先がボタンに触れて、 問題も出ていないのにピンポンピンポンとカラの解答音が鳴り続けていた。 |
その問題を境にして、われわれは獲得するパネルを児玉氏の顔色を窺いながらおそるおそる指示するようになった。 しかし児玉氏は先程の激昂は嘘のように、女子供が風呂に入るのは最後でいいと言いたげないつもの落ち着いた態度で、 番組は進行した。 アタックチャンスが訪れた。パネラー全員もさっき見た悪夢を振り払うかのように問題に集中した。 「問題です。烏龍茶を英語で書くとスペルの最初のアルファベットは何になるでしょう?」 私の横にいる、緑の席の女性が勢いよくボタンを押した。 「W!」 間の抜けた不正解の効果音が響いた。児玉氏が説明する。 「残念!これはWでなくて、Oなんだなあ。Wじゃ問題にならないでしょう。しかし間違えるかなあ・・・ 何で間違えるか。ちょっと考えれば分かるんじゃないかと・・・いやあ、押すか?仮にWと思ったとしても」 児玉氏はぶつぶつ繰り返しているうちに、突然昂ぶりの抑えが効かなくなったらしい。「テメエ!」 緑の解答席を蹴り上げると、鈍い音がした。パネラーは咽喉の奥から声を出した。「ひいッ」 「分からないのに押したのか!?この縁故入社!」 「・・・わたし、縁故入社では」 「誰がそんな事を言った!立て!」 児玉氏はポケットから、マスターキートンでしか見たことがない、鹿の腸を弦に利用したビルマの民族武器・ 弾弓を取り出すと、解答者の眉間を狙って弦をきりきり引いた。 ディレクターが注射を手にして児玉氏に駆け寄る。服の上から肘のあたりに針を突き立てると、激しい波は収まった。 しかしこの事態で分かったことは、これ以降お手つきが出来ないということであり、 相当自信がない限り解答を控える殆どサドンデス形式の番組に事実上内容が変わってしまった。 嵐が過ぎるのをじっと待つようにして、ついに最後の問題を迎えた。 もはや優勝の興味は失せて誰もが収録が無事に終わる事だけを祈っている。 「さあ最後のパネルに赤の方が入ると2枚のパネルが変わって赤の逆転優勝。緑の方が・・・」 児玉氏が嬉々として優勝の行方を占う。その時初めて気がついたのだが、優勝争いは私以外の3者で争っていて、 私ひとりが蚊帳の外になっていた。私は急に楽になった気がした。あとで考えるとそれがいけなかった。 「それでは最後の問題です。キリストが生まれたとされるヨルダン西部の町はどこでしょう?」 正解に自信があった私は、最後の一糸を報いるつもりでボタンを押した。解答権は私だ。 「ベツレヘム!」 「・・・おい」 顔を上げると児玉氏が、横溝正史の文庫本の表紙を思い出させる鬼気迫る顔で立っていた。 「はい?」 「場の空気を読めないのか。おまえは素人か?」 「僕、何かしました?」 「死にたいの?」 「いや。死にたくは」 「死にたいのか聞いてんだよ、この相撲くずれが!」 児玉氏はチェーンソーを唸らせると、意外な事に私ではなく背後の応援席に飛び込んでいった。 会場中が一瞬にしてパニックに陥る。 その光景は後楽園ホールのインディーズプロレスを見ているようだったが、ギミックは爪の先程も介在していなかった。 それ以降に起きた惨劇に関して、私には書く勇気が残っていない。 ただ世界史の教科書でしか見た事がない「ジェノサイド」とは、こういうものかと膝を打った。 唯一したためておきたいのは、プロデューサーが「優勝・児玉清」の大英断を行ったおかげで、事態が収拾した事だけである。 |
大分県で一家を虐殺する事件が起きた。
15歳の少年が風呂を覗いた容疑に腹を立てて犯行に及んだという。 もういい加減少年犯罪にも驚かないつもりでいたが、 今回は旧態依然としたムラの共同体の中で、ほとんど理由がない殺人が起きたことが衝撃的だった。 立て続けに起こる殺人を心の闇が云々、キレやすい云々で説明しようとしてもひどく無意味な作業に思えてくる。 彼らの犯行を語るべき言葉なんてあるのだろうか? 少年たちの中には見た事もない物質で作られた回路が埋め込まれているのではないか? 「AERA」であの佐野眞一が名古屋の衝動的殺人の周辺には「赤」の色が纏わりついていると指摘していたが、 事件のつるつるした輪郭の一部をなぞっているだけで、とても核心に向かっているとは思えなかった。 しかしニュースは空洞を言葉で埋めたがる。 また悲惨な事件が起きました、とキャスターはゲストの識者に意見を促す。 「いやあ私が小さい頃はね、風呂を覗いたら叱ってくれる大人がいましたよ」 「アメリカでは10年前から風呂を覗いた子供には厳しい措置が取られています。 こんなに寛大なのはおそらく日本だけなのではないですか?」 それを制してキャスターは低い声で用意していた持論を語り始める。 「もしかすると。もしかするとですよ、みなさん。 今の子供たちは風呂を覗くのが悪いということを知らないんじゃないかと思うんですよ」 事件は後付けでそこに意味があるように検証される。やがて最大の争点が問われる。 少年が風呂を覗いたとされる被害者の母親は 娘を見ようとして間違って見てしまったのか、それとも最初から母親を狙って覗いたのか? 最初から年がいった母親に興味を持っていた少年は異常な性嗜好の持ち主であると、 精神鑑定に持ち込もうとする弁護側。 最初から娘の裸体を見ることが目的であり、あわよくば残り湯すら飲もうとしていた少年に 情状の余地はないと主張する検察側。 多くの空虚な論争が生み出される。最後にはこの事件を引き金に 「風呂を覗いた少年は17歳以下でも厳しく罰せられる」と少年法の改正が国会で議決される。 僕は全部ギャグのつもりでこの文章を書いてはいない。 マスコミは虫眼鏡を使って集めた光で蟻を焼き殺すように、何も存在しない一点に熱を集中させる力を持っている。 母親をバットで撲殺した少年が秋田で身柄を拘束された時に殺人の罪を問うのを一瞬忘れて、 短期間で自転車を使ってあれだけの距離を踏破したことに、ある種の賞賛の空気、 それどころか「感動をありがとう」の論調に空気がたなびきかけたような気がしたのは僕だけだろうか? (練乳工場町田支部註・今回は作者急病のためコラムニストの山崎浩一氏が代筆いたしました) |
大学の社会学部に入学した当時一番驚いたのは、僕以外の誰もが自由意志で進路を選んでいたことだ。 もちろん大学や学部自体は僕自身が選んだのだが、その前段階である「文系」「理系」の選択肢は 僕の高校には存在しなかったのである。 僕がいた地方県立高校は2年生に進級する前になると、 教師が長い棒を駆使して放牧の要領で生徒をつついて学年全員が校庭に集合する。 すると朝礼台に学年主任が上がり、唐突に問題を読み出す。 「江戸時代、生類憐れみの令を発した将軍は徳川綱吉である。○か、×か」 顔を上げると校庭の東側にはデカい○のボードが立っていた。 反射的に西側に目をやると、そこにあるのはいつのまにかお菓子でできた家が。 夢のような出来事に問題を忘れてお菓子の家に突入する生徒たち。理性のある生徒は○のボードへ向かう。 やがてウエハースの壁と羊羹の梁を食べ過ぎて身動きが取れなくなった生徒たちを目掛けて、 上空から現われたヘリコプターが網を投擲する。 この網にかかった生徒こそ「文系」であり、理性を保った者のみが「理系」に自動的に進級するのだ。 その前年までは学年でテストを行い、成績の上半分が理系、下半分が文系、 最下位の者のみ無人販売所の野菜とトレードの措置が取られていたが、露骨すぎるのではないかと神奈川県教育委員会と 校門前に居を構える駄菓子屋(屋号は「廃屋」)からクレームがついて、前述の方法に変わったらしい。 「理系=かしこい」「文系=防腐剤を迷わず食べる程のアホ」という偏見に基づいた政策であり、 今考えると怒りも沸々と湧いてくるが、当時は偏見という言葉を知らなかったのと、 常に防腐剤を食べてしまうための慢性的な腹痛により抗議する気力もなかった。 進級すると待遇はあからさまに違い、校舎も分けられた。 理系の生徒が冷房の効いた教室でタピオカをつまみながら授業を受けている間、 文系の生徒は時計台の中で動力源の円柱を回しているか、 中からは外部が見えない大型船の下層部分で櫂を漕いでいた。 だが文系の中でも理系への移転を狙う者はごく少数いて、彼らの救済措置も存在はした。 3年生に進級する前に、文系全員と理系全員が直接対決を行う総入れ替え戦が行われていて、 これに文系が勝てば理系の称号を手にできるのだった。そして僕のいた年の種目は「棒倒し」だった。 理系の棒を倒すべく暴徒と化す文系軍。 理系は1年間勉強に明け暮れて下半身、特に小指の爪が退化しているので文系の勝機は固い。 しかし理系の何者かの策略により文系の棒の先端に蜜が塗ってあり、 それを舐めるべく文系が殺到したために自滅してしまった。まさに機智に敗れた一戦であった。 われわれ文系生徒は多いに反省し、来年に備えて1年間棒倒しの稽古に励んだ。 1年後、われわれに提示された種目は「ポカポカドボン」に変わっていた。 学校が卒業した生徒たちに入れ替え戦の機会を与えたことだけが、いまだに謎だ。 |
謎なのである。 最近「トーキョー・キッチン」(リトル・モア)という本を読んだ。 この本は東京で一人暮らしをする若者を訪ね、それを写真に収めてエッセーを綴るという、 都築響一の「トーキョー・スタイル」が椎名林檎なら、この本は桃野末琴。 「トーキョー・スタイル」がAIBOなら、 この本は通販で見かける1万円のロボット犬ぐらいナイスで独自性溢れる企画である。 私は他人の本棚や食生活に興味があり、 つまりは他人のキッチンの三角コーナー等を見たい性嗜好の持ち主なのでこの本を手にしたのだが、 作者の小林キユウという人を小林紀晴と同一人物だと思っていた。 よく青山ブックセンターやリブロあたりに平詰みされている、 限りなく賭博のカブに近い(株)まんだらけやクレヨンハウスには置いていない、 「アジアン・ジャパニーズ」(情報センター出版)という本を知っているだろうか。その本の作者が小林紀晴である。 アジアの長旅で出会った日本人を写真に収めてエッセーを綴るという、 藤原新也が「電波少年」なら、テレ東の「イカリングの面積」みたいな本である。 本の装丁、厚み、写真をメインにした企画が似ていてるのは珍しい話ではないが、 作者近影を見ると、両者とも癖のない前髪に小さい眼鏡、黒タートルの上にシャツを着る「暴力温泉芸者」スタイル。 似ている。さらに出身は1968年、長野県であることも共通している。 ここまでを確認していたので、小林紀晴がアジアではなく東京をネタにする時のペンネームが 小林キユウだということを疑いもしなかった。 しかしよく見ると学歴が違うのである。紀晴は写真学校卒業後、3年半都内の新聞記者を経てフリーへ。 キユウは私立大学経済学部卒業後、4年半長野地元紙の記者生活を経てフリーへ。 何だというのだ?まさか別人物に見せかけるためにこんな中途半端な学歴詐称はしないだろう。 そして二人の最も大きな共通項は、彼らの甘い文体である。 例えば紀晴。「表情のない顔の群れが流れている。東京。どこか、温度を失った街」とか、 「旅先でその人の笑顔を見た時、僕はこの人は旅で何か掴んだに違いないと思った。うん、やっぱりアジアって温かい」 と臆面もない。 キユウはキユウで、取材で訪れたキッチンで慣れたフライパンさばきを見ただけで、 「そのよどみない動きを見て、僕はこの人は東京にしっかり根づいた人なんだな、と思った。」とか、それを味見しては、 「とてもおいしい。彼女のしっかりした性格が味にも出ている気がした。うん、これなら大丈夫」 とか書いてしまう人なのである。 二人とも得意な最後のシメは「取材を終えて外を出た僕は、ちょっとだけ優しくなれた気がした」。 そんなに優しくなりたいなら、印税全部カンガルー募金に寄付したあと体を甕に突っ込んで「乙武レポート」でも読んでろ。 この二人が結局同一人物だったら構わないのだが、別人だったらと考えると恐ろしいではないか。 こんな名前も出身も年齢も本の並んでいるコーナーもぬるい文体までそっくりの別人が存在するのだろうか? そうだとしたら原因としては、 「長野出身者は皆こんな大甘の感性」 「松本市で起きた事件の後遺症が今・・・」 「同一人物が二つの地点をすごいスピードで移動しているので二人に見える」 ぐらいしか考えられない。 このホームページの数少ない読者である、長野在住で大学の後輩の板倉くん。 親父の名刺の肩書きに「フィクサー」と刷ってある板倉くん、 夏休みに君の実家に友達が遊びに行ったら二名が消息を絶った板倉くん、 会社の野球部が鉛の球を使っているので対戦相手がいない板倉くん、 長野県民として情報があったら教えてください。 この二人の正体を考えて、僕はちょっとだけ優しい気持ちになっています。 |
イチローは野球が楽しくないのではないか。そんな疑問が拭えないでいる。 皮肉で文章を綴り、悪意で句読点を落とし込む私が、素直にスーパースターと認める希有な存在、イチロー。 ・イチローはスーパースターだ。(本心) ・中田英寿はスーパースターだ。(悪意) ・児玉清はスーパースターだ。(事実無根) リトルリーグを含めれば25年連続首位打者。年間最高安打2100本。 1年で名球界入りを果たしたのはあとにも先にもイチローだけだ。 さらに「CMでまともな演技をした初めてのスポーツマン」としても、名を残す価値がある。 このイチローが開いた扉に丸山茂樹も続いたが、 ドラフト1位のヴァーチャル雑草野郎・上原が 扉を閉めたばかりかキーをひねって轢殺死体を置いて逃走してしまった。 イチローの唯一の汚点は「とんがりコーン」のCMだけであろう。3年前に書いた文章を再録すると、
まずイチローの笑顔のアップ。日本球界を代表し、CMでもちゃんと演技するスーパースター・イチロー。
彼の笑顔も「とんがりコーン」の魔力にかかったのか、心なし気持ち悪い。
今考えてもおそろしい。イチローも一生この十字架を背負って生きていかないといけないのである。 |