バックナンバー・練乳工場(10月中旬)


10月20日/パラリンピックでパレスチナ代表の車椅子はキャタピラ

街を歩いていたら、コロッケパンを食べながら自転車に乗るデブとすれ違った。
卑しい、行儀が悪いというステージを超越してそれは感動的な光景で、 動物ドキュメンタリーで垣間見る生命の躍動すら感じた。
決して良くなさそうな運動神経を極限まで駆使して片手で自転車を操り、コロッケパンを汗だくで頬張るデブの姿は、 サーカスで自転車に跨る小熊といったユーモラスなものではなく、敵艦を目前にした人間魚雷のように必死だった。 全身から「ムフー。ボク、食べないと死んじゃうんです。ムフー」というメッセージを発していて、 本人そのものがメディアと化していた。
食べているのがイングリッシュマフィンだったら「デブのくせにお洒落なもん食いやがって・・・」と感じただろうし、 コッペパンの生クリーム挟みだったら「自家製か?量産してるのか?そこまでして食うか?」と私は非難がましい気持ちになっていただろう。 だがコロッケパンという絶妙なチョイス。
これだけの栄養価じゃないとダメなんですムフー。ビーフコロッケの挽肉一粒がペダルを一踏みさせムフフフー。 自転車操業で栄養摂取しないと乗り物も扱えないデブの悲哀を見事に体現しているではないか。
急な坂を前にカロリーメイト。坂を下った御褒美にカロリーメイト(フルーツ味)。 平坦な道にギアチェンジしたと同時にウェイダーイン(なぜかプロテイン)。駅前のラストスパートは栄養価の高いコロッケパン。 広岡野球を彷彿とさせる理詰めの攻撃である。
ところで私の大学は多摩の山奥にあり、校舎はバス停を降りてやや急な坂を5分程歩く場所に立地していた。 そこにたどり着くまで、あと10キロ太ると国から完全球体の称号が貰えそうな体型のU先輩が、 コーラを3缶空けているのを目撃したことがある。しかも最後の方はいっぱいいっぱいで口の端から液体をこぼしていた。 コーラの跡を追うと必ずU先輩がいた。
コーラ缶を携帯していないと近所のマタギに熊に間違えられるという事情があったにせよ、 私はデブはどうして節制できないのかそれまで不思議に思っていたのだが、それを境に考えを改めた。
問答無用。デブは食わないと死ぬのだ。
チンチロリンをやる時はサイコロでなく角砂糖。プラモを作る時は接着剤でなく蜂蜜。 鶏の笹身は食べ物として認めないので生肉は水枕として使用。 すき焼きに使う丸い固形の牛脂も自分にプロセスチーズと言い聞かせてご馳走様。最高のお風呂はスイスフォンドュー。
出世できなかろうが恋できなかろうが、デブなんだから仕方ないじゃないか。 アメリカに生まれなかったことを感謝しようよ。出世できないとかじゃなくて、太っていることが裁判にならないってことをね。
ステビアに黒砂糖を入れても誰も咎めたりなんかしないさ! カロリーハーフ?じゃあ量は倍くれよ!
さて私はデブを見ると「贖罪」という言葉を思い浮かべる。 やはり「食」とは快楽であって、それに自らのブレーキを設定できずひたすら享楽的なのがデブであり、 それに対して与えられた戒めの姿なのだという気がする。だから肥満は医学的な問題ではなく、罪の観点からも寿命が短い。
それはおかしいとあなたは思うかもしれない。四十路の恋をあなたは笑うかもしれない。 世の中にはいくら食べても太らない奴もいるはずだと。
だがきっとエネルギー保存の法則はここにも存在していて、我々の未知の次元を移動して、 あまり食べないけどデブという奴に彼らが摂取したカロリー及び罪が注ぎこまれているに違いない。 だから小食のデブというのはひどく憂いを帯びた罪深い表情をしている。というか理屈で考えると罪そのものだ。
今日もデブは自転車で街を行く。存在だけで罪なのに時には乗り物すら盗難車で、もう取り返しのつかない領域を走っていたりする。 だがデブに感傷はない。盗んだバイクでカツサンドと口ずさんでいるはずだ。

10月18日/松坂の度重なる不祥事に、堤清二がセゾン株売却

冷蔵庫を開けて物色していると、白亜を背景に螺旋状の毛が忽然と現われた。 その見事な渦巻きっぷりに、ああこれが冷蔵庫のDNAなんだなと納得して扉を閉め、 1パック100円の名糖コーヒー牛乳を水出し珈琲のようにいとおしく啜っていると、重大な事実に気がつき液体を逆噴霧した。
陰毛だ。
あわてて扉を開けると、陰毛を指先でつまんだ。最高級シャブリのようにキンキンに冷えていた。
冷蔵庫である。必要な時に開け、用が済めば閉める密室空間。いつどうやって侵入したというのか。 華僑と習志野ナンバーの車と陰毛は世界の至るところに現われる。そして現われて、消えない。
いまだに謎なのは私が小学生、まだ私のマグナム・ギャラクティカが包皮によって優しくコーティングされていた、たおやかな時代。 用をたしていると皺が寄ったホースの先端から毛が見えた。引っ張ると、果肉と包皮に間を毛が滑る感触がして抜けた。 陰毛がはさまっていたわけであるが、まだ私は自分のフォワードが前後左右に動きが取れることすら未知だったというのに、 どうやって滑り込んだのだろうか。車庫から始発電車がホームに入ったら、親父が既にドアに挟まっていたようなものだ。
また昔ベトナムを旅していた時。猛暑の中、空腹を感じて饂飩の屋台に潜り込むと、 そこには年期が入ったおばちゃんが一人で切り盛りしている店だった。
言葉の通じない私におばちゃんは愛想よく笑いかけ、私は柄でもなくその優しさに望郷の念に駆られた。 差し出された饂飩はそれまで食べた中でも群を抜いて美味で、ああ旅しているなあと私の体内に内蔵されたコムポから 喜太郎の「大黄河」が流れだした瞬間、口に異物を感じた。取り出しみると、はたして陰毛だった。
BGMが喜太郎の壮大なシンセの音をバックに嘉門達夫の「ティロリーン、鼻から牛乳ー」のシャウトに切り替わった。
あり得ない。どう考えてもおかしい。不衛生とか管理が行き届いてないとかそういう次元ではない。 しかしそれでも陰毛はどこからともなくやってくるのだ。
この話を知人にすると、「電子レンジの中にあった」「パソコンのキーボードに絡まっていた」 「栞がない時はよく本に挟んで使っているよ」「声優の富永み〜なの「み」と「な」の間にあるのは実は陰毛らしい」 との証言が続々と得られた。
私は現在フローリングの部屋にいるが、わりかし頻繁に床に落ちた毛をガムテープでペタペタ貼って掃除する。 そして執拗に見回し周囲に毛が落ちていないことを確認し、ゴミ箱にガムテープを捨てる。それで戻ってくると、 私が座っていたところにさっきまで姿がなかった陰毛が必ず鎮座ましましているのだ。
落ちている髪の毛というのは、「もう寿命ですので思い残すこともありません・・・ みたらし団子おいしゅうございました・・・僕のデザインしたライジング・サン、ユニフォームに使ってください・・・」 と耳をすませば声が聞こえてきそうな、いかにも寿命をまっとうした弱々しい佇まいなのに、 陰毛の場合は、まるでこれから自分の人生が始まるとでもいうような態度の大きさに溢れている。 たまに結び目のあるやつなんか「どうだ」と言わんばかりだし、 主だった私にも挨拶する素振りすらないのが、また腹ただしい。
それにしても一人の肉体からは不釣り合いと思われる量の陰毛が抜けていることが不可解である。 どこか床から椎茸のように生えてくるのか。それとも抜けた髪の毛等に自我が発生すると、 あのような形に進化して好きな場所に移動するというのか。 陰毛の語源は野球のイン・ローなのか。人は何のため生まれ、死んだらどうなるのか。
陰毛は哲学的命題を孕んでいる。
これからも引き続き陰毛の謎の解明に全力を尽くす所存である。
今日の実験報告。陰毛を太陽光線に当てると、正午の時間帯に影はもっとも短くなる。

10月16日/プラッシーの瓶を並べる田舎ボーリング

村上龍料理小説集外伝

ニューヨークに行くと泊まるホテルは決まっている。マンハッタンならティファニーの正面のホテル・スクエアで、 ブロンクスならリッチモンド・サンヤにチェックインする。
それはただ自慢したいがために書いたのだが、その時私は大学時代の友人と代々木の吉野屋にいた。 友人は幼稚舎から慶応で二部を五年かけて卒業したあと親のコネでもぐりこんだ広告代理店で働いているので、 普通では手に入らない外タレのチケットが回ってくる。
その夜は岡本真夜のライブで強く励まされてすっかり元気になった私たちは麻布のですっぽんを食べようと 盛り上がったが、二人とも行ったことがなく地下鉄の乗り継ぎが分からずお金がかかりそうなので断念した。 そして松屋に入ろうとした私を友人が吉野屋でなければ駄目だと拒否したのである。
「松屋は、貧困だ」
友人は生玉子を掻き回しながら強く言った。
「いいか、俺はここが吉野屋で盛りを増やして欲しいから言ってるんじゃないぞ。俺がつきあっていた女覚えているか?」
「よく酒屋でもらったTシャツ着てた奴か?」
「そうだ。あいつは俺に相応しくないくらいソフィティスケートされた女だったよ。実はこないだ別れた。 4年つきあったけど別れる理由なんて嘘みたいなもんだな。あいつはやたら晴れた日に松屋で牛丼が食べたいって言ったんだ。 吉野屋じゃ駄目なのか?と聞いたら、駄目よ同じ値段で松屋は味噌汁がついてるからと言うんだ。 俺はこんな貧しい女を愛してたかと思うとぞっとしたよ。味噌汁がつくかつかないかで牛丼を選べる感覚が俺には理解できなかった」
吉野屋の牛丼は、完璧だ。不自然に裂けた安い割箸でスジ肉を持ち上げると、波間からあがる細かい飛沫のような湯気が湧いてくる。 プレイガムみたいな固い肉を口に入れた途端、それは始原的な牛丼のイメージと寸分違わず一致する。 ゴムのような玉葱、とりあえず甘いだけのツユ、カルフォルニア米、どれもが牛丼のひとつのイメージとして帰結してしまう。 イメージが牛丼ではなく、牛丼がイメージなのだ。私が何を書いているのか誰か教えてほしい。
私はマネージャーに練馬工場産2日ものの御新香をオーダーして、玉子の器をカウントさせないように脇によけた瞬間、横の席の湯呑みを倒してしまった。 すいませんと頭を下げると、いいんです気にしないでくださいと横の席にいた女は弱々しく微笑んだ。
女はなんで牛丼屋にいるのか理解できないほど美しい容姿をしていて、ユニ・クロのくたびれたフリース、 サムシン・グの裾の短いジーンズ、靴紐のほつれたリーボックのスニーカーを履きこなしていた。
私は思わずちょっとつきあってもらえませんかと女の目を見て言ってしまった。

「よくこんな風に誘うの?」
青山にある行きつけのワインバーに行こうとしたが、割り勘もしくは6・4の支払い条件に女が難色を示し、 私も実は行ったことがなかったので近くの「どんどん」に入り直した。
「いや、牛丼屋で声をかけたのなんて初めてだ。麦茶を注いでくれるボーイとだって会話したことなんてないよ」
「どうして声をかけたの?」
「なんで牛丼屋にいるのか知りたくなったんだ」
そんなに不似合いだったかしらと女はカレー牛丼のグリーンピースに箸をつけて笑った。こんなに自然に牛丼屋の風景に溶け込める女を私は他に知らなかった。
「違う、逆だ。君はとても奇麗なのに違和感がなかったのが、不思議だったんだ」
「紅しょうがだって言われたのよ」
私がどういうことか分からないと言いながら食べおわった丼をカウントさせないように脇によけていると、女は楽しそうに話し始めた。
「旦那に離婚しようと言われたの。運輸省の役人で予算作成の時期なんか1ヶ月も霞ヶ関のシティホテルに泊り込むような真面目な堅物よ。 女だって私しか知らないんじゃないかしら。それが突然お願いだから判を押してくれって離婚届けを差し出されたのよ。 訳がわからなくて、てっきり女かと思ったわ。でもそれが言えなくて話し合いましょうと努めて冷静に言ったら、 旦那はそんな私を見て、おまえのそういう紅しょうがみたいな部分が好きになれないんだって肩をすくめたの」
「それで牛丼屋に?」
「そう、行ったことがなかったから。でも自分が紅しょうがみたいだって意味は分からなかった。あなたは分かる?」
「分かる気がするな。紅しょうがはね、見た目じゃ分からないけど生姜の一種なんだ」
「そうなの?」
「それを食紅で染めてある。だから俺なんか紅しょうがを噛んでると食紅そのものを食べてるような残酷な気分になるな。 昔ロンドンで賞味期限の切れたヨーグルトを食べて腹をこわしたことがある。つまり美味しいものに体にいいものなんてないってことだ」
「私は有害だって言いたかったのかしら」
「多分、違う。その時君の着ていた服が紅しょうがのように赤かったんだろう。 そうでなければ君はまるで紅しょうがみたいだと旦那は言いたかったんだ」
結局私たちは寝ることもなくそれから住所交換をして別れた。女は協議離婚をして実家の高崎に出戻り だるま弁当に目を入れる流れ作業をしていて、今でも年賀状だけ律義に届く。
松屋が290円に値下げをするたび女のことを思い出す。松屋の牛丼は、疲れた女にいつも優しい。 そして400円の牛丼より、110円安い。


10月11日/アラファト似の女と恋の和平交渉が決裂

本屋で「ポポロ」を興奮しながら立ち読みをしていると、俺の後ろを宇多田ヒカルのプロモに出てくるような、 オプション満載の未来型車椅子が通り過ぎた。
車椅子はレジの前で停まると、ドライバーがカウンターの中にいるパートのおばさんに声をかけた。
「ドディンピィッドゥノ・・・ジャンジンジュン」
どうやら彼は重度の障害者らしく発声も不自由らしい。ただ本を捜しているようではある。おばさんはカウンターから出てきて耳を傾けた。
「何かしら。もう一度言ってくれない?」
「ドディンピィッドゥノ、ジャンジンジュン」
やはり聞き取れない。しかしやり取りを繰り返しているうち聞き取れたのは、どうやら前者は「オリンピック」と言ってるらしく、 だがそれでも後半の発音はどうもよく分からないのだ。
「何でしょう・・・もう一度言って」
「ジャンジンジュン」
「他の言葉で言えるかしら」
「ジャン・ジン・ジュン」
丁度横に平詰みされていたオリンピック公式ガイドみたいな本があったので、おばさんはそれを手にとると、 「これのこと?これが読みたいのね?」と解釈した。
で、そうこうしているうちにレジが混んできたので、本屋の奥から他のパートを呼び出してバトンタッチする。
「山本さん、こちらの方、どうもこの本の中身が読みたいらしくて、ほら、ちょっとレジがね、中見せてあげる?」
託された山本さんは「あらそーなの?中こうなってるのよ」とペラペラめくるのだが、 障害者の彼は「アー。ジャン・ジン・ジュン」と不満そうに唸っている。 そこで俺は思わず横から「ジャンジンジュンって写真集じゃないですか?」と口を出してしまった。
それでアサヒグラフ別冊みたいなやつを渡すと、彼はわりかし納得した様子でそれを購入し、ギアをローに入れると本屋を後にアウトバーンを爆走していった。
さてここで考えたいのは、パートのおばさんについてである。重度障害者の彼の要求に対してちょっと困った素振りは見せたものの、 それなりに誠意を持って応対していたように俺には映った。
しかし途中「ジャン・ジン・ジュン」を「公式ガイドブックが読みたい」と強引に解釈したのは、さすがとしか言いようがない。 どう翻訳したらそうなるというのだ。響きからすると中級ハングル語だったのかもしれない。
「ジャン」私は。「ジン」読みたい。「ジュン」公式ガイドブックを。
注目したいのはおばさんはそれを適当に言っていたのではなく、本気でそう信じていたことである。
思うに「何遍聞いても分からない」「レジが混んできてしまった」「しかしなんとかしないといけない」 といった要因がおばさんの回路をひどく焦らせ、暫定的な結論に導いたことを疑う余地はない。 きっと体内では「そうよ!きっとそうなのよ!」と脳の中枢神経を納得物質(ソウナノミン)が襲って、正常な判断を麻痺させていたのだろう。
そして山本さんに用件を委託することで、ただの思い込みを事実に転化させた手腕も見逃せない。 こういった負荷がかかった場合のおばさんの力量は、何に対しても屈しないパワーを孕んでいる。
実は俺も先日「地方テレビ局勤務の某が出演交渉のため東京に出張に来た際、電車の中で女性の尻を触った疑いで逮捕された。 本人は容疑を否認」という内容の新聞記事を読んで、それを他人に伝えた時、 「某は東京出張の際、出演交渉として女性の尻を触り逮捕された。本人は容疑を認めている」と本気で説明していた。
なんだ出演交渉で女の尻触るって。ギャラの値段を尻に指でなぞるのか。「おつ」な行為じゃないか、それは。 しかし私の脳内では文面はそうなっていたのである。潜在的に面白い方向に持って行こうとする、 たくみちゃんブレインに私は戦慄を禁じ得ない。
それにしても本屋で写真集を買った彼は本当に満足していたのだろうか?
実は「ドディンピィッドゥノ、ジャン・ジン・ジュン」というのは、本当は「隠し砦の三・人・衆」と言いたくて、 それを俺があらぬ方向に収拾させてしまったのかもしれない。
もしそうだとしたら。俺は彼に言いたい。 その正確なタイトルは「隠し砦の三・悪・人」であると。

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