バックナンバー・練乳工場(11月下旬)


11月28日/ブッシュもゴアも鉄鍋餃子と春巻くらいの違いしかない

「私は元来生真面目な性格のため、メイルの文章中に於いて(笑)という単語を使用することに、大きな躊躇を感じて しまいます。どうすれば良いでしょうか。(神奈川県/苦瓜(職業・IT革命家)」

お答えしましょう。
現在頻繁にメールで使われる(笑)。例えば、

椎名純平って、オレ的にはもろゴマキの妹と同じあつかいっつーか(笑)

パンチがないギャグを自嘲することで保険をかけたり、ここが笑うところというのを示すためテレビのテロップ的役割で (笑)は濫用されてます。やはりハイセンスなクリエイター(新聞の風刺川柳コーナー常連)なら、ひとつものにしておきたいところです。
しかし教養があればあるほど、鶴亀算が早ければ早いほど、(笑)が上手に使えないものです。 そうです。あなたにとって(笑)とは、自分が使うものではなくて、文芸春秋のくそつまらない鼎談でしか見かけないものだったはずですから。
それではどうでしょう。練習として鞄に(笑)をいくつか忍ばせ、街に出てみようではないですか。
まずは文章に差し込むのではなく、名詞にそれを貼ることでセンスを磨くのです。頓智で橋を渡って河口まで流されるのです。 仏公(フランス人)のごちそうは鴨のテリーヌとエスプリです。
まず初歩の初歩としてアパート。これはまず外れがありません。私の住んでる木造二階建てに試してみましょう。

レジェンド吉川(笑)

どうですか。しっくり来ますね。エトランゼ藤原(笑)。メゾン・ド・どくだみ(笑)。ビビデ・バ・ビデ・ブー(笑)。
ほら、自信がついてきたのではないですか。それでは次に新聞を開いてみましょう。

ブッシュ氏500票差で勝利宣言(笑)

まるで最初からそこにあったような佇まいではないですか。排ガスで健康被害(笑)。川田龍平くんの母として(笑)。 何杯でもおかわりできるでしょう?
危ない! 説明し忘れてましたが、子供の手の届くところに置いては危険です! そこの子供、勝手に貼っちゃダメ!

ツインターボの(笑)ト・コント劇場。いっつ・あ・(笑)たいむ!

早く二つとも剥がしてください! あれ? 剥がしたところから、また「笑」の字が出てきましたね。これはどういうことなんでしょう。
しかしこれに慣れてくると、米屋の店先でプラッシーに(笑)を貼るような、ツッコミを前提とした存在に(笑)を当てる行為は すぐ飽きるものです。
そこで素人には扱いが難しいとされる(爆笑)。これが書かれているメールを受信するだけで、私のパソコンは強制終了するくらいです。
ここで私による、ツッコミどころがない物に(爆笑)をあてがうプロの技を披露して、今日の悩み相談は終わりにします。 みなさんもこれを参考に精進してください。

矢井田瞳(爆笑)


11月25日/子犬をかみ殺すバーナード。コイバナー

物事は無意味になる程笑えるというのが私の持論だ。
しかしシュールを狙った意識的な無意味なんてものは駄目で、そういうコントが一番笑えない。 ついでに女3人組のOLコントというやつも笑えないのは何故だろう? 最後に「あー、いい男、見・つ・け・な・きゃ!」 とか決めのポーズで暗転になった瞬間、この世界から本当に光が失われたかと思う。
つまりは無意味を意識しないでそうなった瞬間が面白いのだが、それに巡り合うのは至難の技で、 大抵「あ、今無意味な事やっている・・・」と気づいて、意味づけのある行動に戻ってしまう。
しかし希有な時間も存在する。しばらく前の日曜深夜、私はリリーフランキー氏の「渚のセレナーデ」というラジオに耳を傾けていた。
旧石器時代のアイドルでもつけないような投げやりな番組名に、おまけにベイFMという無意味含有率の高い放送局。 しかし「ベイFM」という記述は「ハマラジ」よりくすぐったい。
それに東幹久も眠る日曜深夜。 普通の人なら「Mの黙時録」の富沢一誠のよく分からないレクチャーを聞いて暗い気持ちになり、 変えたチャンネルで「CBSドキュメント」の死刑廃止論争とか見て、布団をかぶって夜泣きしている時間だ。
その瞬間が訪れる予感は確かにあった。
リリー氏は低いトーンで、「人生ってさ・・・」「運命とはね・・・」とドリアン助川のような主語で語りだし、 最後はどれも「・・・結局、全ては優香に集約されると思うんだよね」とまとめた。
締め切りを一週間過ぎた原稿を待つ編集者の横で、平気で優香のビデオを見ているという噂はどうにも本当らしい。 対談で「俺は留守電は聞かずに消す」と発言していたぐらいだからそれくらい大したことではないかもしれない。 しかしその留守電を聞かずに消す行為自体も相当無意味だが。
その回のゲストは、「ナイトウォーカー」の熟女好きな編集長、S氏。 先週放送したスカトロの話が、プロデューサーから「やめてくれ」と言われたせいか言葉数は少ない。 そんな中、リリー氏は20分の放送時間をまるまる優香の魅力の賞賛に費やし、 ところどころ放送できないはずのスカトロトークが電波に乗りながら、エンディングが近づいてきた。
「最後に曲かけるんだけどさ、S、何かリクエストある?」とリリー氏。
「えー。それじゃあプリンセスプリンセスでも」
「プリプリ? ああ、「M」? あの曲はいいよね・・・」
「いや、違います。「ダイヤモンド」かけてください」
放送中どこかおずおずとした態度だったS氏が毅然と発した初めての言葉。ラジオから懐かしいのに腹が立つイントロが聞こえてくる。
日曜深夜、優香とスカトロの話の後にワンルームの部屋にラジオから流れる「ダイヤモンド」。これ以上無意味な空間があるだろうか。 とりあえず聞いてる私の方が悪いことしてないよ、だ。好きな服も着ていないし、私は嵐だし、PSアイラブユーだ。 何、これプリプリじゃないの?
しかし奥井香が最近プロデュースした、ピーチーとか言う家畜だったら確実に間引きされているキャラの歌手がいて、 一見無意味濃度が高そうだが、そんな事もない。選考理由が「私に声がそっくり」だけというのが見え隠れして、 そこに「意味」を感じずにはいられないのである。

11月21日/石原都知事ついに帯刀法発令

隙間を縫って走っていた山間部を抜けて平野に出ると、薄暗い車内に弱々しい日光が差し込んできた。
しかしその光線は僕がめくる文庫本を白くは照らさない。さっきから本の活字に集中できないのは手元が暗いせいではないことに気づいた。 足元に湧いて出てくるゴミに気を取られていたのだ。
中国旅行の移動中、必死の思いで入手した切符で長距離列車に乗り込むとそこは累々たるゴミの山だった。
中国人の道端に平気で唾を吐くモラルの低さに辟易としていた僕も、それが移動機関の中まで徹底しているとは思わなかった。 長旅のせいか彼らは体重の倍はあるかと思われる荷物を持ち込んでいるのだが、その中身といえば専ら食料で、 罰を償うかのようにとにかく常時食べてばかりいる。僕は旅行中、食べるか罵り合うかホクロから長い毛が生えている中国人以外目にしなかった。
食べるところまでは普通の行為である。だが彼らは食べおわると、容器を窓を開けて投擲してしまうのだ。 紙製の弁当箱ならまだしもビール瓶を稲作に精を出す農民がいる畑に平気で投げてしまうのには目を疑った。
その度に琥珀色の飛沫が畑に飛び散る。なるほど、これは「疲弊」しきってるわい、とわたしはセキばらいをしてーーなにか誇らしい気持ちになるのだった、 ああ今小田実の霊が!バックパッカーに忍び寄る「何でもみてやろう」病が!誰か除霊して!
それはともかく、とにかく窓から捨てる。そして足元が散らかると分かっているのに、食べかけの弁当容器も果物の皮も車内の通路にことごとく捨てる。 車内掃除がニ時間に一度回ってくる頃には、大袈裟でも何でもなく足の踏み場に困る程ゴミが散乱しているのだ。 そして恐ろしいことに車外と車内に捨てる人の違いというのは、見たところ「窓を開けるのが面倒かどうか」によって決定されているようだった。 しかし中国の義務教育では戦争の倍賞責任しか教えないので、これも仕方ない事態なのかもしれない。
気を持ち直して文庫本を閉じた僕は、口をつけて空になったミネラルウォーターをリュックにしまった。
すると正面に座っていた眼鏡をかけた色白の中国人青年が、君はどこから来たのと流暢な英語で話かけてきた。 何か憂いを帯びた繊細な表情をしている。僕が日本と答えて、会話が始まった。
文革の際、中国の知識階級だった彼の両親はアメリカに亡命を謀ったのだという。彼は生まれも国籍もアメリカ。 中国語は挨拶程度しか喋れない。政情が安定し、彼が二十歳を迎えた今、自分のルーツが見たくて中国の両親ゆかりの地を旅しているらしかった。
興味を持った僕は彼に不躾に尋ねた。
「正直、僕はこの国は荒んでると思うんだけど、君はこういう現状はショックじゃなかったか?」
「ひどいと思ったよ。こんなに平気でゴミを捨てるモラルの低さを目の当たりにしてはね。でも僕の両親は言ってたんだ。 30年前の北京はそれは綺麗な街だったと。平気で物を捨てたり唾を吐いたりするような人はいなかったって」
彼は自分に言い聞かせるように呟いた。
「ここは僕の地が流れている国だ。だから僕らが一つ一つ変えていかなきゃと感じているよ。たとえそれがつまらない、小さな事だったとしてもね」
いろんな矛盾を感じながら、それでも否定せず敢えて拘わっていこうとする彼の姿勢に僕は好感を持った。 饐えた臭いが充満する車内に冷たい風が流れたような気がした。
丁度その時、ゴミ掃除人が車内清掃をしていた。青年は随分前に食べ終えていた弁当の容器を掃除人に手渡す。 僕の方を見て、やはり僕は他の人のようには捨てられないよ、と微笑んだ。
掃除人は殆ど等身大の、肩に背負った袋に拾ったゴミをどんどん詰めていく。この車両に入った時は手ぶらだったのに、出て行く時には袋が三つに膨れあがっていた。
そして車両を出て行こうとしたその時、何のためらいもなく窓を開けてゴミ袋を投下していった。
窓の外で流星の軌跡のような孤を描いてゴミ袋が飛んでいく。それを眺めながら、僕にはとても正面に目を向ける勇気がないことだけが分かっていた。

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