村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』

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本文を一部引用してしまうので、これから読もうという人は以下は読まない方がいいかもしれない。

36 ページにこのようなくだりがある。

 誰かに故のない (と少なくとも僕には思える) 非難を受けたとき、あるいは当然受け入れてもらえると期待していた誰かに受け入れてもらえなかったようなとき、僕はいつもより少しだけ長い距離を走ることにしている。いつもより長い距離を走ることによって、そのぶん自分を肉体的に消耗させる。そして自分が能力に限りのある、弱い人間だということをあらためて認識する。いちばん底の部分でフィジカルに認識する。そしていつもより長い距離を走ったぶん、結果的には自分の肉体を、ほんのわずかではあるけれど強化したことになる。腹が立ったらそのぶん自分にあたればいい。悔しい思いをしたらそのぶん自分を磨けばいい。そう考えて生きてきた。黙って呑み込めるものは、そっくりそのまま自分の中に呑み込み、それを (できるだけ姿かたちを大きく変えて) 小説という容物の中に、物語の一部として放出するようにつとめてきた。

会社の近くのドトールでこの部分を読んでいたら、わけもわからずじんと熱くなるものがあって涙が出そうになり、どうしたもんだろうと困ってしまった。しばらく続きを読んだり、元の部分を読んだり、遠くを眺めたりして静まるのを待ち、その後になんでこんな気持ちになるのか考えてみた。

結論から言うと、以前何度も「走ろう」と思ったきっかけが、上記引用部分と似たようなことを考えていたからで、最近そんなことを自分はすっかり忘れていたからだ。

この 1 年そこそこ真剣に走り続けることになったきっかけは「フルマラソンに出よう」と決めたことだし、最近は走ること自体があまりに楽しいのであんまり上記のようなことを考えてなかった。

もちろん、最後の「小説という容物の中に」の部分はまったく違うが。

自分で忘れていたものを他のものによって外部化され、精神的にすっきりした気分になるという、字義通りの「カタルシス」を味わうのは久しぶりだったので、なんかちょっとびっくりした。

この本のそれ以外の部分は、村上春樹が走ることについて語ってきたことのまとめと、最近についてのアップデートというような内容だった。最近では彼がこんなにまともに自分語りするのは珍しいと思うし、あとがきを読むと、走ることについて書くためにはそれが不可欠で、だからこそかなり意識的に自分語りしたというような記述がある。

僕が最初に自発的に走ろうと思ったのは中二の夏休みで、朝 6 時に起きて、近くの川沿いを行けるところまで行って戻ってくるということを繰り返した。少しずつ走るスピードを上げ、距離も伸ばす。今に比べると距離は全然短く、多分スピードは今より速かったんじゃないかなと思うけど、思い返してみるとやっていることは今とほとんど変わらない。特に川沿いを走るというところとか。

村上春樹が書いたものを読むようになったのはその後だけど、それ以降、僕が走ろうと思うときには、頭の中に村上春樹が走ることについて語ったことがすでに存在していて、独自に考えたり思ったりした部分と分離不可能になってしまっている。走り始めた理由に村上春樹の影響をあげると、すごく嫌そうな表情をする人もいるし、自分の考えだか他人の考えだかわからない状況になっている人に対して「気持ち悪い」と思うのももっともだと思う。

まぁでも僕はそのおかげもあって、ものすごく走ることを楽しめている。だから何の問題もないし、それ以上に彼が走ることについて語ってくれたことにたくさん感謝したいと思う。この本は、彼が走ることについて語り、僕がいろんなことを学んだ内容の集大成とも言える本なので、僕にとっては今後も使える「走ることのリファレンス」みたいなものになると思う。今までいろんな本や雑誌にバラバラに紹介されていた話が一冊にまとまっているので、人に「これ」と教えられるのも便利だと思う。そう、正直に認めるなら、僕が走る理由の半分くらいはたぶんこの本に書かれているんだよなぁ。

次はもうちょっと相対化できるように読んでみよう。

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このページは、notoが2007年10月20日 15:16に書いたブログ記事です。

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